ぶら下がり日誌〜ボルダラーへの道〜

子育て、仕事、パン、文具。ときどきファミコン。

映画の話5

 『好色一代男』(1961年、監督:増村保造 主演:市川雷蔵

 

 与之助のこころの平穏はどこにあるのだろう。「おなごの喜ぶ顔をみる」「おなごのしあわせな様を見る」のが与之助の幸せであって、「おなごを笑顔にする」「おなごを喜ばせる」まではいいとしても、「おなごを幸せにする」のは彼の仕事ではないようである。

 

 与之助は折に触れ「幸せになろう」と女性たちを励ますのだが、幸せになってからのことはまるきり頭にない。幸せでありつづけるためにどうすればいいか、まだ幸せになってもいないうちから考えるのは野暮であり、だいいち不幸なのだろう。

 

 そのせいなのかどうなのか、全篇にわたって与之助が幸せを連呼しているわりに、劇中の女性は一様に不幸である。その原因は侍であり日本(くに)であるとされ、与之助自身、最後は「好色丸」と名づけた船にのって女ヶ島へ向かうのだが、おそらく冒頭部と終部で二重に暗示されているとおり彼は海に沈む。きっとそこではうつくしい人魚たちが笑顔で迎えてくれるのだろう。与之助≒半狂者の極楽。

 

 与之助は幸せを与えるのではない。では彼は誰に何を与える? ・・・ひょっとすると与之助の馬鹿は不可能に挑むところにあるのではなく、不可能と知りつつそれに挑んでしまう点にあるのかも知れぬ。

 

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 という記事を10年ちかく前に書いていた。ちょっともう一回観ないとわからんな。参るねえ。