ぶら下がり日誌~ボルダラーへの道~

釣りときどきクライミング、そして

泳げ、青い鴨

 人間の主たる構成成分は、才能や技能ではなく、性格である。そして性格は世間の海を泳ぐ中で不断にかたちづくられる。

 しかしながら個々の人間はひとつの性格を完全な形で持つことは出来ない。完全な性格を持ったが最後、その人間は性格にとって代わられてしまうからだ。

 それで我々は不完全な性格というやつと死ぬまで格闘し続ける破目になる。

 

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 「元手がかかっている」とか何とか言われてしまうと、あんまり乗りたくなくなるのである。でも逆に元手なしで大儲けなんてのはもっと胡散臭いから、これは認めざるを得ないのだろうな。つまり、元手をかけないと成功しない、という話。

 

 ここで「元手をかけても成功するとは限らないが、成功している人はみな元手をかけている」などと陳腐きわまりない節を書いているとそれだけでイライラしてくるからやっぱりこの文型は気にくわない。ほらよくあるでしょう、「努力しても成功するとは限らないが、成功している人は皆努力している」とかなんとか。僕はこういうのがものすごく嫌いである。

 

 どのくらい嫌いかというと、そうだなもしバスの中でこんな中吊り広告を見たら「ヒョッ」と奇声を発してしまうくらい嫌いだ。もしそんなことになったらこれは恥ずかし死にするぐらい大変なことですよ。それほど嫌いなのだから、まあ大嫌いと言ってしまっても過言ではない。

 

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 というようなことをこれまた10年近く前に書いていた。オチはない。あしからず。