「これまでと思えばそれまで、まだまだと思えばまだまだ行ける。職人とはそういうものである」とどこかで読んだ。真偽まではわかない。
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読みも勘もそこまで違いはない。たぶん読みの手前は当てずっぽうで、読みのレベルが低いのがヤマ勘、経験によって読みが深くなると、職業的勘に至る。こうなると一定の確率で当たる。職業的勘は第六感への入口である。
第六感も職業的勘も、五感と、経験の集積から生まれる。五感は鈍ったりはするものの、経験は積み増しされていくから、その意味では勘は、連続した局面の記憶の蓄積が生み出すものであるとも考えられる。
蓄積された経験に、研ぎ澄まされた五感が無意識下で働いて、一足飛びに真実を看破する。ひょっとするとこの飛翔こそが、第六感の正体なのかもしれない。その飛距離が伸びるにつれ、職業的勘は第六感に意匠を変えると、そういう話なのかもしれない。
と思ったところで何かが働いて筆が止まってしまった。以上! 閉廷! 解散! 終わり!