いずれにせよ日々失っている。私はあそこでは片目を閉じていたが、そのことすら忘れかかっていた。
時に目を閉じるのは有効だ。つまらぬものから目を背けるために? ・・・まさか。
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制度というのは、つかわないと形骸化して、廃れていくものだとおもう。まわりをパッと見まわしても、男性で1年以上休むひとはあまりいないようだが、いっぽうで、まとまった期間の男性の育休取得は、時流に沿ったことのようでもある。
男性の長期育休取得が正しいことなのかどうかとか、その期間がどれくらいが適切なのか、というようなはなしは、筆者にははっきりいってよくわからない。大いに議論があるとおもう。
しかしまあ、たまたま制度はあってつかえる状態にあるわけだし、扉をあける人間がでると後続がまとまってつづいたり、制度の枠組みや運用について議論がすすむきっかけになるので、すくなくとも有意義だといえるとおもっている。
職場にとってどうか、というのは、はっきりいって取る人間が考えても仕方がないとおもう。まあ影響があるかといったら、ほとんどないだろう。(はっは!)
どちらかというと、何かをいうことができそうなのは、やはり自分にとってどうかという点である。
まず、ノーワークノーペイなのでお金がマイナスになる。ウチの現状の制度設計では、1年以上休むと一気に厳しくなるので、主としてそれが原因で、1年以上の育休を取得する男性がでてこないものと見られる。世の中カネなので当然である。
それより何より、スキルアップとキャリアアップの点で、これまたはっきりいってだいぶマイナスである。その2年間仕事をしたほうが、それは仕事はできるようになるだろう。組織の仕事は多岐にわたるので、普通に考えて、定年までどれだけ頑張っても、すべての業務に通ずることなど到底おぼつかない。いくつかの分野をかじるのが精いっぱいである。
そのうちの働き盛りの2年は大きい。新たな職務につけば当然、知見は広がるし、おなじ仕事でも余分に2年すれば習熟して精通してくる。普通のことだとおもう。
「じゃあ何でとるのよ」といわれても困る。雲ゆえの気まぐれである。自分のことだからって、何でもわかってるわけじゃない。そうだろう?