ぶら下がり日誌~ボルダラーへの道~

釣りときどき岩、そして

マッパ=ムンディス

 この街はさほど遠くない昔に有名な藩主によって建設されたもので、街の歴史のなかで殆ど唯一知られているのは、このぼんやりとした一事のみである。

 

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 牡蠣のように沈黙した街だ。ここでは誰かひとりの覚えていたことはみんなが覚えている。全員がとてもたくさんの物語を知っているが、それらはいつも半分だけである。

 

 住民は概して食うや食わず、ときどき猪を狩ったり、荷役をしたり、異民族から掠奪したりして、かろうじて生計を立てていた。人生からこぼれ落ちて燃え尽きてしまったような顔をして、眼はどんよりと窪んで、穴があいたようになっていた。

 

 すばらしく風光明媚な土地ではあったが、見棄てられ、いままさに滅んでいこうとしている事実が、この景色を愛でようとする気持ちを完全に奪い去ってしまう。この地方で生きていくためには、絶えずスリに気を配り、狂った連中とかかわり合いにならないように注意しなければならないのだ。

 

 どうやら選択はふたつしかなさそうだった。いままで通り生活して、目をしっかりあけておくか、それともどこかよその土地へ移住するかである。

 しかしながら後者の場合、まちがった土地を選んだら、そこが敵の本拠だったり、あるいはあとで向うから追われたりすることにもなりかねなかった。(この項了、次回へつづく)