前回の続き。
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ともかく、ブルースの誕生に奴隷制の廃止が大きく関わっているのはたしかである。黒人が奴隷ではなくアメリカ人という自由人になる。ところが自由人であるのに抑圧を受ける。そこにブルースは生まれる。
解放後の産物は、少なくとも理屈の上では自由であった。奴隷ではなくアメリカ人として認められたということは、自由になったということである。それに伴って、必然的にその自由人は孤立する。奴隷というひとつの共同体の一員であったのが、解放によって崩れたからである。
そして、こうした状態も長くは続かない。奴隷解放に伴うジム・クロウ法(アメリカ南部の黒人に対する差別的な法律)の制定や、KKK(ク・クルックス・クラン)のような人種差別団体の勃興、リンチそして社会に蔓延する偏見のせいで、黒人が自由と威厳を白人並みに享受するのは、殆ど不可能だった。
自由と独立を人種差別が圧迫し、そこで黒人は新たに自分たちの共同体をつくって引きこもる。奴隷制の状態が再び作り直され、黒人は新たな孤立、すなわちアメリカからの孤立に追い込まれることになる。このように、自由の身でありながらその自由が抑圧されているという状況で、ブルースは萌芽する。
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では、こうして生まれた初期のブルースでは、どのような内容が歌われたのだろうか。奴隷解放後の新たな差別待遇の中での哀しみはそのひとつであると言えそうだが、それだけではなさそうである。
もともと、ブルースとは、恋愛など日々の出来事を扱った歌、ひいては日常的な音楽全体を指していた。アフリカン・アメリカンのコミュニティから生まれた暮らしの中の音楽を、彼ら自身がブルースと呼んできたのである。
件のサン・ハウスによれば、ブルースには一種類しかないという。それは男と女の関係にまつわるもので、片方がもう片方を裏切るか、捨て去ろうとしている。それ以外のシチュエーションはみんな「金目当てのクズだ」と彼は切り捨てた。
彼の言葉がどこまで正しいのかはわからないが、少なくとも初期のブルースにおいて、恋愛というテーマは重要なものであったようだ。
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・・・と、ここまで書いてはみたものの、学生のレポートでもあるまいし、何やってんだという感じになってきた。いったん報告終わり。
参考文献
飯野友幸編著『ブルースに囚われて アメリカのルーツ音楽を探る』(信山社、2002年)
ピーター・ギュラルニック編『ザ・ブルース』(白夜書房、2004年)
三井徹『黒人ブルースの現代』(音楽之友社、1977年)