ぶら下がり日誌〜ボルダラーへの道〜

子育て、仕事、パン、文具。ときどきファミコン。

越後屋

 さいきんの息子のブームはブロックや積み木など。ひところより絵本の棚にいかなくなった。

 

 積み木を積まないでならべては片づけ、片づけてはぶちまけ、あーでもないこーでもないしている。かとおもうと、柔らかいブロックを放りなげたり、握りつぶそうとしたりする。

 

 自分ルールにしたがってならべ、こわし、片づけ、散らかす。そのくりかえし。おもしろいなと見ていたら、自分がいまでもそうだった。

 

***

 

 前回のつづき。

 

krokovski1868.hatenablog.com

 

 とうとう新幹線内のコンセントに電源をつないだ。根が保守的なのかアマンジャクなのか、便利や善や進歩といわれるものにスッとのれない自分がいる。つい、もようをみてしまうというか、風見鶏になってしまう。コンセントも何か申し訳ないというか、うしろめたいというか、コソコソとつないでいた。

 

 新幹線にのるのは3年半ぶりだが、ハード面の快適さはかわっていない。おなじ路線をはしっているのはあたりまえとはいえるものの、こんなふうに水平に高速で滑っていく景色が安定してみられるというのも、かんがえてみれば不思議なような気はしないでもない。

 

 ところでのぞみのワゴン販売がなくなるそうだ。私は、いいことだとおもう。混雑したなかを乗務員が気を遣いながら往復するのを見るのはしんどいし、乗り子としてもせまいところをなん度も通られるとツラい。

 

 このことにかぎらず、サービス全般について、むかしながらの風情や趣をもとめるのはむずかしくなっているようにおもう。それよりは合理というか、ますますソリッドな快適さを、ひとびとはもとめるようになっている。

 

 だから息ぐるしいのだけれど、止められないんだな。何にせかされているのか知らん。

 

 

P.S. 写真は今朝釣ったイカ。港内のブイ脇はやはり定番のポイントである。アタリがでやすいのもありがたい。