マグナ・カルタの従兄

【律】・・・たましいおよび自然についてのかんがえのなかから抽き出される。

 

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 ビジネスモデルが強固で業界の既得権益も大きく、のこりのパイがすくないとき、すなわち新規開拓はむずかしいが放っておいてもある程度の収益を保てる仕組みがととのっているとき、現状維持型の人材がふえる。要はきめられたことをきめられたとおりにこなせるひとがふえる。また、がんばらなくてもおかねが手にはいるため、人材のレベルは下がりがちになる。

 

 このような状況では、目標を達成すると次年度から予算と人員を削られる。したがって、100%にちかづくよう、ほどほどの落としどころを計算して、それを毎年くりかえす。

 

 ひくすぎるとモチベーションをうたがわれて、予算と人員をバッサリと削られる。目標をたかく設定すると達成度がひくくなって管理職の評価がさがる。そのようにして構成員の熱はさめ、気概はうしなわれていく。

 

 結局のところ、トップ主導でプロジェクトをいくらつくってもむだである。やる気のあるひとがボトムからことにあたるほかはない。そのためには、日常業務の不要な拘束をへらすとともに、そうしたうごきに対する上層部からのお墨付きが不可欠である。

 

 それだけでなく、くさびとなる中間管理職が『パトレイバー』の後藤田のように有能でなければならない。控えめにいってすこぶるむずかしい。

 

 だいたいにおいて、上から降ってくるプロジェクトというのは、現場からすれば願い下げなのである。根本的な改善を模索しながら日々の仕事をまわすのは大変だからだ。なんせ、プロジェクトをよけいな仕事とおもうひとは、改革メンバーには向かない。

 

 トップ主導の変形、というわけでもないだろうが、強制的なシステム導入などはひとつの手のようにおもえる。要は適応しなければ大混乱になるような状況をいきなりつくってしまう。すると各自がブーブーいいながらもやる気をだして適応する。

 

 もっとも、これは理想とするかたちに一気にかえてしまうわけで、組織じたいが良好な状態にあるか、仲間をちゃんとつくらないと、そもそも実施できないし、中途半端になると大ダメージをうける。したがって、各部署に説得屋になる人間を配置し、そのひとたちと関係をつくっておく必要がある。でないと改革の波が広がっていかない。

 

 改善策がいかに素敵でも、広がらなくては効果はでない。効果がでるまでに時間がかかりすぎると、改革のスピードが落ちてしまう。

 

 スピードがおそいと効果もでづらくなる。いつまでも結果がでないと改革への疑念がうまれてしまう。おまけに「はかりごと遅々たれば、はかりごと変ず」で、改革案の素敵さが、目減りしてしまうことにもなりかねない。

 

 痛みのつよさと、性質と、その持続時間、改善策にはそれに耐えられるだけの中身がいるし、いくら中身がよくても、仲間がいなければ、すこしの痛みでも億劫がられてしまう。

 

 とはいえ、つまるところ、ゆっくり行こうがさっさとしようが、消耗することにかわりはない。この国の組織におけるキーワードは疲労ではなく消耗だとおもう。

 

 できるかできないかではなく、したいかどうかで目標をきめるしかないのではないかという、あたりまえのところにもどってきた。いちど「実現できそうにもない目標」をかかげてみたらどうだろう。ダメもとがダメならいつまでも飛躍することはできないとおもう。

 

 以上、連絡おわり。