我も彼もおなじ人間だというところからスタートしないで、ステレオタイプ化したあとで自分と似たところをさがしている。なぜなら差別はいけないことだから。ウンそれ偏見にもとづいた差別だyo!
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責任をまっとうしたあとでリタイアするのである。そうでないのはドロップアウトか、途中放棄という。
だから本人にとってはリタイアでもまわりからすればそうでなかったり、その反対もありうる。見かたをかえると、そうやってリタイアを認められないのがイヤさに、ひとはシニアになっても働きつづけるのかもわからない。あるいは無能といわれたり、バカにされたりするのがイヤさに、ひとは窓際をきらうのかもわからない。ふたつはどこかでつながっている気がするが、どこなのかわたしにはわからない。
畢竟、この国において、会社員という存在は何をおいても巨大な受け皿である。以上、連絡おわり。