ぶら下がり日誌〜ボルダラーへの道〜

子育て、仕事、パン、文具。ときどきファミコン。

作業は当職にて完了済です

 ワードにも口述筆記機能があるということにいまごろ気がついた。そのうちにためしてみよう。


 さておき、組織に飼われていたり、子を育てたりしていると、病気になれないので、体調はよくなる。規律にしたがって暮らすのはある意味イージーである。飼われながら余暇をすごすのがひとつの確立されたやりかたになっているのもわかる気がする。

 

 このとき余暇はすなわちガス抜きにつかわれる。これが半端に自由だと、ガスが生じないので風船はふくらまず、しぼんだまま浮かびあがらない。ガスというのは不満や不足や過剰だけではなく、アイディアやおもいつきやインスピレーションやモチベーションであったりする。そういうものがないと浮かばれないし、張りあいもなくなってしまう。


 鎖につながれていないと、糸の切れた凧のようにどこかへとんでいってしまう、こういうひとは組織で末端をけがすのに向いている。望んで搾取されに行くようにも見えるが、もっというと、何かに所属してコミットしていれば勝手に張りあいが生じてくるととらえたほうが、実情にちかいかもわからない。

 

 なんせ、書くことが湧いているときは、飽きていない証拠である。おもてだって環境がかわったり、何かをはじめたり、中断したりしなくても、気づきが多いのは、いい傾向だと自分ではおもっている。

 

 以上、連絡おわり。

 

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