風が吹けば

 桶屋が儲かる・・・ほんとうに?

 

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 民度を上げないと国力が下がって、国力が下がるとまずしくなって、まずしくなると人心が荒れて、人心が荒れると暮らしの水準が下がって、結果的に不幸になるひとがふえる、のかな。どうなんだろう。ちょっとかんがえてしまう。

 

 「一億総中流」などということばが教科書にのるような国で、どのようなかたちが望ましいのか、私には見当もつかない。重税を課すよりは金満家たちに自発的に寄付してもらいたい、ひいては子どもたちにそのように刷りこみをしてほしい、なんて。アホか。

 

 みんながおなじようにしあわせになるのは無理だから、度合いで考えるしかない。といって、いまを10としてそれが12になればいい、という話でもないだろう。

 

 階級制のなかで「知足」などとのたまうわけにもいかないし、大きな仏像をつくって鎮護国家をうたってもだれもついてこない。両方トライしてダメなら筋金入りである。

 

 学ぶとおもしろいということだけわかっていればそれでいいんじゃないのという気もする。おもしろく行くのはおかねがなくてもできるから。学びは遊びで、あそびがまなびで、そうしていったらわりとたのしく日々をすごすことができそうな気もする。

 

 でも、これはとりあえず健康だからいえることでもある。むろん持病があってもかまわない。折り合いがついていればいい。

 

 いっぽうで、健康でないと不良をたのしめない。教室で焚き火をする不良も、学校の備品をこわしまくる不良も、健康であればしあわせに生きる素養はじゅうぶんもっている。

 

 中学のときに白血病で亡くなった先輩がいた。交通事故で死んだ同級生がいた。高校にはいってみずから命を絶ったひともいたし、ナイフで肩を刺されたひともいた。口に砂を詰められてぶん殴られて入院したのもいた。大人になってから急な病を得て亡くなったひともいた。

 

 小学校のクラスの同級生のうち、ふたりはヤクザになったときいている。ひとりはひらがなの「ぬ」が読めず、いいやつで、運動神経がよく、釣りがとにかくうまかった。もうひとりはたしか和菓子屋の息子で、放送委員をしていた。いまどうしているのか知らん。

 

 なんせ暗いのはよくない、それはたしかだ。気分でうごくこの国を盛り上げるには、オリンピックや万博や、スポーツ選手の活躍が不可欠である、なんて。

 

 今日も話がすすまない。散開!