結果として言っていることがおなじでも、それがどこからでているかによって、重みはまるでちがってくる。
***
みじかいあいだ無になることを集中といい、一定時間にわたる集中を制御といい、さらにスパンのながいのを調御、対象が自分だけにとどまらなくなったら調和と呼ぶことにした。So What?
おもいつきを待つには無になるのがいい、というのはまえに書いたけれど、何かにうちこむことで無になるだけではなく、からだが単調なリズムにあるとき、向うからヒョイと来ることもある。
後者の場合、ぼんやりはぼんやりでも、自由にぼんやりしていなくてはならない。すなわち、自由な気持になるようにもっていく必要がある。
そのためには、つとめて心身に負担のかからないようにすることだとおもうが、具体的にどうすれかいいのかまでは、筆者にはわからない。ゆったりした服を着るとか、そのくらいしかおもいつかない。
それでおもいつきでイーストを重量ではかってみたところ、高さがでず、つまった仕上がりになってしまった。やはり1g単位では無理があるみたい。これは付属のスプーンで量ることにしよう。
図書館で借りてきた本によると、パンの外皮をクラスト、中身をクラムというそうである。このクラムがぎゅうぎゅうすぎると、重たい食感になる。発酵がちゃんといくと、ここに適度に弾力のあるスキマができて、ふわふわになる。要はできあがったとき高さがでている必要がある。
また、塩がすくないと、仮に高さがでても、いい具合にならない。イーストのエサにはならないが、食感にはおおいに関係してくることがわかった。粉の2%と書いてある本もあった。
じっさいは、とにかくふわふわになればいいというものでもなく、例によって好みのポイントをさがすことになる。しかしながら、発酵はちゃんといったほうが、最大公約数的に好ましい味わいになるのはたしか。ひとことでいって風味がよくなる。そのうえで材料を塩梅する、という順序になるかとおもう。
なお、薄力粉を1割程度いれると、フランスパンっぽいタッチがうまれる。とくにクラストがすこしパリパリになる。理屈がどうなっているか知らない。
ほかのtipsも目下検証中。以上、連絡おわり。